40才定年日記

民間企業勤務後、私学と公立の教壇に立ち、40才で自分から定年をむかえた閑人が日々思ったことをつらつらと綴ります。

日本人と未熟さ

君の名は。」が大ヒットしたとき、みんな「運命の恋」にひかれているのだなあと思いました。やっぱり全身全霊の恋をしたいんですね。

ほかに「君の膵臓を食べたい」もヒットしましたし、その系譜では「世界の中心で、愛を叫ぶ」といったヒロインが死んでしまうお話があります。

なぜヒロインが死ぬ必要があるのでしょうか。それは恋が美しいまま終わるからでしょう。

ふたりが結ばれ、そのままその後も生きていくとしたら、夫婦喧嘩や不倫もありかもしれません。でも、ヒロインが死んでしまえば、恋は美しい記憶のままで残ります。

そのためにヒロインは作者によって殺されてしまうのでしょう。

とくに日本人は「未熟な愛」を賛美してしまう傾向があると思うのは、ぼくだけでしょうか。

人生は長い。成熟した大人が主人公で大ヒットする映画を観てみたいものです。

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

 

どうせ死ぬならがんがいい

近藤誠先生は、いろいろな意味で”おさわがせ”なお医者さんでしょう。

職場健診や病院での検査でがんが見つかると、いろいろ治療することになりますが、そういうがんはおとなしくて、放っておいても命取りにならないものだそうです。この「がんもどき」理論は、「あと出しじゃんけん」じゃないかという意見もあります。

ところが、そういうがんをわざわざ見つけ出して治療すると、逆にそのせいで死に至る人が増えてしまいます。

手術するとその手術の傷口からがんが暴れだします。また、抗がん剤の治療は著しくQOLを下げてしまいます。また、放射線治療の専門医である近藤先生いわく、放射線治療もその副作用はすごいのだそうです。

いずれの標準治療も否定し、放置した方がよい結果が得られると確信したそうです。苦しい闘病生活の痛みも、手術や抗がん剤が原因で、がんによる痛みはそれほど強いものではないそうです。ゆえに死ぬまでにいろいろ準備ができるということで、死ぬなら癌がいいという結論に至ったそうです。

けれども、知人のお医者さんに近藤先生の本を読んでいると言うと、だいたいばかにされます。ほんとうのところは、どうなんでしょうね。

節約に勝る貯めワザなし

萩原博子さんは、いつも「借金を減らして、現金を増やせ!」とおっしゃります。収入を増やすのは難しいかもしれませんが、支出を減らすことは誰にだってできるからです。

40才で社会との距離を徐々においてきて時間が過ぎてきたぼくのような人間には、節約という課題はなおのこと切実です。

これ以上の節約は難しくても、意外と無駄が隠れているのが固定費です。「通信費」「保険料」「自動車経費」を見直せば、月1万円を浮かせるのは簡単です。ぼく自身もこれらの経費はもうほとんどありません。

また、「投資をする人はバカです!」「空き家急増で賃貸派には福音」といったぼくとはちょっと考え方のちがう点もありますが、理屈はなるほどと思います。

現役時代から、「借金を減らして、現金を増やせ!」を実行して、年金を「繰り下げ受給」することによって、ある意味で資産運用をするという努力、つまり貯蓄の大切さを説いています。少しでもおそく年金をもらうことは、リスクのない立派な資産運用です。

今さら大きな貯蓄をすることは、ぼくにはむずかしいことですが、「借金を減らして、現金を増やせ!」はこれからも肝に銘じていきたいと思います。

年金だけでも暮らせます (PHP新書)

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「日本再興戦略」的なものと、わたしたちはどう関わるべきか

「日本再興戦略」という大風呂敷なタイトルですが、最終的には「じゃあ一人ひとりはどうすればいいのでしょうか?」という話まで落とし込まれてはいません。

「日本再興戦略」を読んで、日本のトップが目指すべき方向性がわかったところで、ふつうのいち市民である自分がなにをするべきかがわからないままでは、自分の行動も変えようがないです。

「『自分探し』より『自分ができること』から始める」

人間の学習のスピードなんかより、技術革新のほうがずっと速い時代になりました。だから「将来こうなるから、こうしよう」って予測して動いても、意味がありません。

「自分らしいものを考え込んで見つけて、それを軸に、自分らしくやって生きていこう」という考え方はとても前時代的で、これからの人間は「今やるべきことをやらないとだめ」と言われています。

そして、やったことによって、自分らしさが生まれていくんだそうです。素晴らしい。

でも、これができる人って、人口の何%くらいいるんでしょうね。

人間は元々バカだから、ほぼ100%間違えます。ちょっと考える人間がいちばん厄介とも言えます。 

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

 

承認欲求とどう付き合うべきか

承認欲求の扱いは、現代日本の最大の問題のひとつではないでしょうか。どう考えても、江戸時代のお殿様よりも快適な生活を送っているのに、悩みは尽きない・・・。

自己実現」や「分不相応なセルフイメージ」を植え付けられているからでしょう。

現代社会は、欲望すら誰かから与えられています。文化産業や広告産業は、絶えず良いセルフイメージを提案してくる。もっと美しくなりましょう。食べるのを控えて。もっと食べて。もっとお金持ちになりましょう。住宅ローンや教育ローンを組みましょう。等々。

みんな自由という可能性に踊らされて、翻弄されています。これは、あなたが望めば手に入れられますよ、と。

これらの産業は、あなたの心に入り込んで、あなたのセルフイメージを作り上げていきます。

もう少し、そういったことに自覚的になれれば、わたしたちも平穏に生きられると思います。

私立小学校の日常 採用編

私立小学校に勤務していたので、聞かれることが多いです。国立小学校に勤めていた友人も多いので、それも聞かれます。

今回から、あまり知られていない私立小学校の日常についてお伝えできたらと思います。

まずは、採用に関してお話したいと思います。採用は、公立学校ほどおおっぴらに行われていませんが、いちおうHPなどで公募されています。

ぼくの勤めていた学校は、それなりの由緒ある私立大学の付属小学校だったので、書類審査から始めると少なくとも100倍はあったらしいです(らしいというのは、管理職から「それくらいかなぁ・・・」と聞いたからです)。というわけで、公立小学校と比べたら、かなり狭き門です。

だいたいが、公立小学校でかなりの実績のある人が採用されますが、民間企業経由の新任教諭という私のように変わり種もごくごく少数います。

ふつうに所定の形式の履歴書を送り、それが通ったら、指定された日に学校に行きます。SPIのような筆記試験をやったり、管理職の前で模擬授業(授業の一人芝居)をやったり、面接を受けます。

ぼくの場合は、模擬授業の出来はともかく、民間企業(とくに大きい企業勤めだったので)のいろいろを面白おかしく伝えて、管理職や人事の方々の興味を引いたようです。

というわけで、応募からだいたい一か月後に採用の内定が出ました。

人気の私立小学校は、けっこう狭き門です。なぜ採用されたのか、いまだに不思議ですが。

実際、入ってみると、保護者の方々の学校への期待はとても大きく、なかなかたいへんだったのですが、それはまた次回のお話で。

私立・国立小学校合格マニュアル入試準備号 首都圏 2019年度

私立・国立小学校合格マニュアル入試準備号 首都圏 2019年度

 

中動態の世界

東京で行われた調査では、認知症老人の半数近くに周辺症状がみられたといいます。自分のやってもらいたいことを上手く伝えられない、あるいは看護者が一方的に介護のやり方を決めてしまうことに対するいら立ちが、周辺症状という形で表われるようです。

これは能動態と受動態が対立したまま、コミュニケーションが成立していない状況ということになります。逆に、能動態と受動態がうまくかみ合えば、認知症老人も心安らかになれて周辺症状も減るはずです。國分功一郎さんは、能動態でも受動態でもない「中動態」があって、濃密な人間関係が上手に機能するには、「中動態」が不可欠と言っています。

認知症老人と介護者あるいは乳児と母親の間に成立する中動態は、言葉を介して行われることもあるけれど、究極的には共感力の問題です。マニュアルや法律とも無縁の世界です。

「中動態が大事ですよ」と法律に書いても中動態が尊重されるわけではないです。

がんの末期に痛みや呼吸困難を訴えて、もはや助かる見込みがない人に、鎮静剤を投与して、眠ったまま最期を迎えてもらう処置は、患者と家族と医療者の間の暗黙の合意によって行われている安楽死です。

いい加減と言えば、いい加減ですが、患者と介護者の間の阿吽の呼吸で行われる、「中動態」の決定です。